はらぱねっと

晴れた秋はどこまでも突きぬけていて、雲にもやる気がなくて。少し肌寒いそんな日、僕はできたばかりの原っぱに寝そべっていた。僕の瞳にうつる、限られた空を覆うのは息を切らしたミドリ。「相談があるんだけど」起き上がると頬から蟻が落ちた。ごめん。

「班長はみんな知っていたんだけどあなたに隠していたことがあるの」班長、か。あまり好きな言葉じゃない。僕は続きを促す。「お金のあるチームが芝を植えるようになったことは知ってる?」「うん。ブランコやシーソーを備えつける人たちもいるって」

「焼かれたの」

「ん?」「あたしたちの原っぱが焼かれた」「僕たちの、じゃないだろ」「そうだけど」

いくら僕たちが緑を増やしたところで僕たちのものにはならないし、やがては国が拾って有効に利用される。あまりにも多くの金持ちが土地を捨てるから国が追いついてないだけの話なんだ。あいつらは嬉しい悲鳴を上げているのだろう、歩いても歩いても土地が落ちているのだから。

「焼かれたって?」「あたしたちは犯人を『焼畑』って呼んでる。せっかく綺麗にしたのにその日に燃やされるんだよ」「そっか」ミドリが苛立っているのは僕にもわかった。焼畑とやらにじゃない。僕に、だ。「どこ?」「来て」水色の原付は加速する、僕を振り落とす縮尺で。

永遠の泡が信仰されていた時代があった。もう半世紀も前の、埃に埋もれた過去。だけれどやっぱり泡は泡だった。崩壊なんて仰々しい話ではないと思う。時が刻まれてビールの泡が消えたとしても僕たちは「崩壊した」なんていちいちいわない。泡は、泡。静かに姿を消していく。

2年前、またひとつの泡がはじけた。財産という概念も終わってみれば泡だった。

価値の下落なんて生易しいものじゃない、地主が露骨に割りを食う時代。土地という名の財産が他の財産を食いつぶしていく。貸しても売っても利にならず、益を越える税に縛られる。遊ばせているだけでも損を産む金食い虫。

法改正が誰のために強行されるのかなんて、どうでもいい。とりあえず、僕たちは人から土地を借りなくなった。貸し主のほとんどが国になった。

動いても動かなくても支払う羽目になる。地主たちは放棄を選んだ、土地を捨てたのだ。ちっとも難しい話じゃない。

僕が『はらぱねっと』を組んだのはその頃だった。あちらこちらで土地が捨てられ、荒れていった。ルールを守ればこちらが負ける、だから、ルールを破った。

やることは至ってシンプルだ。捨てられた土地に土足で入って整える。それだけ。朽ち果てた住居を撤去し、雑草を切りそろえる。意味も主張もない。僕は原っぱを増やしたいだけだった。そういえば木を植える人の話を古典で習った、あんなにストイックじゃないけど、気分はあるいは一緒かもしれない。

国が動いてる間、人は暇になる。ひとりふたりとはらぱねっとは広がった。時間を持て余した連中があまりに多くて、僕は笑った。やがてチームが構築され、それぞれが独立して動くようになった。僕は一応の、代表。

案内された原っぱは真っ黒焦げだった。手が込んでるね、おそらく緑の周りを鉄板か何かで囲って草だけを焼いている。「ひどいな」「うん」「何箇所くらい?」「わかってるだけで、7かな」「あちこち?」「うん」「同じ感じ?」「か、な」

目にとまった木の板を拾う。「これは?」

焼けが激しい、ここから火をつけたのか。「文字が書いてあったのかな、ミドリは知ってる?」彼女は口篭もったが、やがていった。

「made in harapanet」

はらぱねっと製? 「どういう意味?」「だから―」僕は、待った。なんとなくわかったけど、待った。

「あなたよりもやる気のある人たちがたくさんいるんだよ」もともと僕にないものを持っている人たち、だね。「彼らは自分たちのつくった原っぱにそれを立ててる。はらぱねっとがやったんだって意味をこめて」

ミドリ。君ももう、わかってるんじゃないか。今初めて焼け野原を見て話を聞いた僕にだってわかったんだから。僕が黙っていると彼女は形にしたくないだろう言葉を口にした。僕がいった方がよかったかな、けれど、どっちでも同じだったと僕は思う。

「はらぱねっとにむかついてる連中だよね」「そうだね」君はなんで泣いているの?

始まりがあれば、終わりもある。僕はいわなかった。代わりに―

「班長集めて」

始め方も、終わり方も、僕たちは選べる。『僕たち』の中にまだ僕が含まれているんだったら、僕は、終わり方を選びたい。

「はらぱねっとを解散する」

思いの他、野次が多かった。『班長』の多数はもはや僕の知らない顔。僕は感情を殺す。「僕がお前らの同意を必要としてるようにみえるか?」初めて会う奴らが黙る。「じゃ、そういうわけで。解散」

「待てよ」

腰を上げる僕を、金髪が制した。「もう、あんただけの問題じゃないんだ」看板組だろうか、たぶんそうだろうな。「やっと軌道に乗ったんだよ。俺たちの原っぱを奪う国を記録しようぜ、一泡吹かせられる」「なんで?」「え?」「僕たちの空間を奪うなって? 勘違いするな。はらぱねっとはただのサークルで、国に食って掛かる団体じゃない。いったい誰の同情を買うつもりだ?」「あんたが降りるのは勝手だけど名前も売れてきたばかりだ、俺らは続けるよ」「看板をみた。お前らがどうしようと自由だ、でも僕の言葉を、お前らがお前らのために使うな。これからも好きにやってほしい。僕がいわなくてもそうするだろうし。だけどもしも今後『はらぱねっと』を名乗ってみろ。今度は―」

「―僕が燃やす」

収拾がつくかどうかは僕にもわからない。わからない所まで来てしまった。でもだからこそ平気で嘘もつく。僕は壊す潔さなんて持っていない。はらぱねっとも壊すんじゃない、終わらせるんだ。ミドリを、みる。彼女の目に映っていた僕は、他人そのものだった。僕は友だちをひとり失うかもしれない。けれどきっと今ここで幕を下ろした方がいい。

「名簿ある?」店を出た僕は彼女にいった。「ん、あるけど」「あとでちょうだい。どんな形であれ、はらぱねっとに参加してくれたみんなの名前をみておきたい。僕がさぼっていた間にだいぶ増えたんでしょ?」「うん」

歩いて帰る途中、チームを見かけた、僕の知る顔はやっぱりなかった。「なにやってんの?」7人のうち、草をむしってるのはひとりだけだった。別れたばかりのミドリを思い出す。理由を訊きそびれた。じゃあ、君はなんで泣いているの?

誰かに何かいわれた気がしたけど耳には入らなかった。大粒の涙で土を湿らす少年を立たせる。「行こう」

また、何かいわれた。聞こえないから「うるさい」とは思わない。軽く小突かれる。

「―さん、なにしてるんですか」小さい町は、小さいままでいい。ようやく知った顔。たまたま通りすがったヒロトに感謝する、おかげで馴れないことをしなくて済みそうだ。「ここよろしく」「話があるんですよ。どこに行けばいいですか」「河川敷にいると思う」小さくうなずくのを確かめて、僕は少年の手を引いた。ヒロトならあと10人くらい相手がいても大丈夫だろう。

投げる石はなく、残念ながら水切りを披露するには至らなかった。「なにやってたの?」「原っぱつくってた」「ひとりで?」「うん」「なんで?」「つくれっていわれたから」少年のジーンズは土で黒ずみ、手も所々切れていた。いつの時代だよ。いや、いつの時代も、か。

僕のまわりに千切る草がなくなった頃、ヒロトが来た、思ったとおり、彼は綺麗なまま。「ずっと探してたんですよ、電話でないし」ミドリからメール。本文は、なし。添付ファイルを開くと名前の羅列、と、この町の簡易地図。緑色の点は原っぱか。どのチームがいつ原っぱを増やしたかもわかるようになっていた。赤い点は焼畑の足跡だろうな。

「班長になったらほしいものが手に入るんです」「何が?」「ほしいと思うものが、です」僕が眠っているときもこの星は回っている、だから、僕の知らない所でルールが変わっていってもおかしくはない。「班長になるには結果を残せばいい。わかりますか、どんどん増えていますよ」ヒロトが少年を一瞥する。僕は、甘いんだろう。話せばわかるという幻想。「班長の認定をするのは他の班長だよね」「はい」もう、綺麗には終わらないか。参った。どうしよう。

違う。

僕は悩んだふりをしていたんだと思う。だって、誰を犠牲にするのかすでに決めていたのだから。

部屋に戻った僕は携帯に入ってるファイルをノートにうつし、名簿と地図をリンクさせた。『焼畑』に隠れようとする意志はない。あるんだったらよほど間が抜けている、とろい木馬。

生まれたばかりの原っぱが燃やされる。誰かが四六時中町を練り歩いて看板の立った原っぱを探していると考えるよりもつくった奴が燃やしていると考えた方が自然だ。看板を立てたチームの中に、犯人はいる。燃やされた7つの原っぱすべてに関わった人間は3人。僕はヒロトに電話した。「今からいう3人を張ってくれ。人は足りてるよね」「わかりました」

ヒロトから連絡があったのは日が変わった午前2時。「3人ともクロでした」電話を切り、そのままジャケットに手を伸ばす。

焼かれずに済んだ原っぱに麻で縛られた少年たち。ひとりは知った顔。みんな同じ境遇なのかな。

「はらぱねっとが憎いの?」誰も口を開かない。「昨日解散したんだけど、こっちの都合もあってな、悪いけどお前らにはちょっと病院に入ってもらう」ヒロトに目を遣る。彼は首肯し、3人を車に押し込んだ。

僕との約束を守らないで原っぱをつくった数人の行く末は瞬く間に広がった。端っこのみえる町を走る噂は風よりも速い。

はらぱねっとを名乗る奴は、もういない。

今回のゴタゴタで僕は友だちを何人失うことになるんだろう。逆から数えた方が早いか。何人、残るんだろう。

面会謝絶のプレートを指ではじく。病室は貸切。

「誰にもいうなよ」おのおのが神妙にうなずく。「病院を出たあともだ。もし誰かが本当のことをしゃべったら全部台無しになる」

果実を置いて部屋を出た。自由を奪った、お見舞い。

廊下にミドリがいた。少し驚いた。ここは誰も知らないはず―ヒロトか。彼女の手には花束。「聞こえた」「うん」彼女は花束を弄ぶ。「いる?」「あいつらに持ってきたんだろ? 暇そうにしてたから喜ぶよ」どうやって花で遊ぶのか、僕は知らないけど。

中庭の芝の一部が薄くなっていた。土に指で文字を書く。

はらぱねっと

「こんなことがしたかったんじゃない」「あなたはちょっとしか悪くない」僕がさぼっていたことを根に持っているのか。「もう、全部やめるの?」辛うじて終わり方を選ぶことはできた。ついでに始まり方も選べると楽観してもバチは当たらないだろう。

「もう一度、やるよ」「何を?」「ひとりで」「だから、何を」実は何も決まっていない。けれど僕はまだ終わらない。あんまり懲りていない。

小さな町を出てみようか。「次は世界だ」という言葉も一度くらいは使ってみたい。

へたくそな文字に線を足す。極小の、地平線。

はらぽねっと

君は首をかしげる。だけど、少なくとも君の瞳にうつる僕は他人じゃなかった。僕はそれだけで十分だった。

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祝3周年 はらぽんさんへ
多久枝@三連符